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研究

本学教員の研究成果が米国科学雑誌でEditors’ Suggestionに選ばれました

今般、橘 保貴助教(グローバル・コネクティビティ領域)の研究成果が、米国の科学雑誌「Physical Review C」のオンライン版に、特に重要な成果が選ばれる「Editors’ Suggestion」として掲載されましたので、以下にご紹介いたします。

今後も本学所属教員の研究成果を発表していきますので、引き続き国際教養大学Webサイトにご注目ください。


橘助教は、ウェイン州立大学のChun Shen助教、Abhijit Majumder教授との共同研究で、超高温の素粒子でできた流体「クォーク・グルーオン・プラズマ」の中に生じている流れのパターンを、高エネルギーの粒子の束「ジェット」が生じさせる「衝撃波」を超音波検査での音波のように捉えることで判別する可能性を示しました。

本研究成果は、ビッグバンによる誕生直後の宇宙など、極限的な状況下の物質の性質などの理解につながると期待できます。

分布図の画像

3次元数値シミュレーションを可視化した、クォーク・グルーオン・プラズマ流体中を通過するジェットが引き起こす励起エネルギー分布(黄:正、青:負)。赤い点はジェットを構成するクォークとグルーオンを示す。

鉛や金の原子核のような大きな原子核同士を超高エネルギーでぶつけると、原子核内部の陽子や中性子がそれらを構成する素粒子「クォーク」や「グルーオン」単位でバラバラになった数兆度を超える超高温の「クォーク・グルーオン・プラズマ」と呼ばれる状態になります。実際にこれまで、大型加速器を用いた実験での多様な測定や解析により、クォーク・グルーオン・プラズマの生成と、さらにそれが液体やガスなどのような流動性を示す流体であるということが強く示唆されています。

高エネルギー原子核衝突実験においては、同時に、ジェットと呼ばれる高エネルギーの素粒子の束が生成され、クォーク・グルーオン・プラズマ流体の中を通過していきます。本研究では3次元空間の数値モデル化によるシミュレーションを行い、ジェットが引き起こす衝撃波の効果によって、ジェットの測定を通してクォーク・グルーオン・プラズマ流体中の流れのパターンを調べることができることを理論的に示しました。

本研究は、米国の科学雑誌「Physical Review C」のオンライン版に掲載されており、さらに特に重要な成果として「Editors’ Suggestion」に選ばれています。

論文概要

背景

物質を構成する原子は原子核と電子からなり、原子核は陽子と中性子からできています。さらにその陽子と中性子はクォークやグルーオンと呼ばれる素粒子で構成されています。このクォークとグルーオンの間には、自然界を支配する4つの基本的な力 [1] のうちの1つである「強い相互作用」が働いており、それによって強く結びついて、陽子や中性子を構成します。この結びつきは非常に強固であるため、通常の環境においては、クォークやグルーオンを陽子や中性子から取り出し、単独の状態で観測することはできません。しかし、数兆度を超える高温や数兆kg/m3を超える高密度といった、日常からはかけ離れた極限的な状況においては、クォークやグルーオンがばらばらになった「クォーク・グルーオン・プラズマ」と呼ばれる素粒子のプラズマ状態が発生します。クォーク・グルーオン・プラズマは、それを構成するクォークやグルーオンの間に働く強い相互作用が物質としての性質に直接的に反映される、非常に特異な物質です。また、このクォーク・グルーオン・プラズマは、ビッグバン(宇宙創生)[2] による誕生の直後10マイクロ秒後の宇宙や、近年重力波の発生源として注目されている極めて重力が強く働く高密度の天体である中性子星の中心部を満たしているとも考えられています。

このクォーク・グルーオン・プラズマは実際に地球上で人工的に作られており、その性質を調べる実験が行われています。欧州原子核研究機構(CERN)では大型ハドロン衝突型加速器(LHC)、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)では相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)といった大型の粒子加速器を用いて鉛原子核や金原子核をほぼ光速まで加速させて正面衝突させることで超高エネルギー密度状態を作り、クォーク・グルーオン・プラズマを生成させています。これら高エネルギー原子核衝突実験での測定結果により、生成されたクォーク・グルーオン・プラズマは地球上で最も温度が高い物質であること、地球上で最も小さい粘性を持つ液体(流体)であることがわかっています。現在さらなる多様な測定と解析や、その結果を説明するための理論を構築していくことで、クォーク・グルーオン・プラズマの物質としての性質を正確に調べ、強い相互作用についての理解を深めようと研究が進められています。内容

本研究では、高エネルギー原子核衝突実験において生じる、ジェットと呼ばれる高エネルギーの素粒子の束が発生させる衝撃波を超音波ソナーのように用いて、クォーク・グルーオン・プラズマ流体の中に生じている流れのパターンを探査ができることを示しました。

非常に高エネルギーの粒子の散乱では、ジェットと呼ばれる高エネルギーのクォークやグルーオンが生成されることがあります。このジェットはクォークやグルーオンの放射を繰り返してシャワー構造を作り出し、最終的にはシャワー内の粒子同士で結合して核子[3] や中間子[4] を形成します。加速器実験では、ジェットはこれら高エネルギーの核子や中間子の束となって検出器で観測されます。

クォーク・グルーオン・プラズマ流体が生じるような高エネルギー原子核衝突実験でも、このジェットが同時に生成されることがあります。その場合、ジェットによるクォークやグルーオンのシャワー(「ジェットシャワー」)がクォーク・グルーオン・プラズマ流体中を通過していきます。そのため、ジェットシャワーのクォークやグルーオンは、クォーク・グルーオン・プラズマ中のクォークやグルーオンと強い相互作用による散乱や制動放射を経て、最終的にはクォーク・グルーオン・プラズマの発生しない衝突実験と比較して、エネルギーの小さい粒子の束(ジェット)として観測されます。この現象はジェットクエンチングと呼ばれ、ジェットとクォーク・グルーオン・プラズマの間の強い相互作用の効果をはっきりと示します。

本研究では、クォーク・グルーオン・プラズマ流体中の粒子の散乱を通して引き起こされると考えられる、ジェットによる流体中の衝撃波の伝搬に注目し、その効果を調べるための3次元空間数値モデルを確立してシミュレーションを行いました。その際、衝撃波の形成についてもより詳細に調べるため、散乱によりジェットから伝わったエネルギーと運動量は、クォーク・グルーオン・プラズマ流体中に吸収されて完全に流体的な衝撃波として伝搬する場合(モデル1)と、流体に吸収されることなく散乱を繰り返すことで疑似的な衝撃波として伝搬する場合(モデル2)を考え、比較も行いました。

今回得られたシミュレーションの結果の1つとして、衝撃波によって運搬される運動量の最終的な角度分布が、ジェットが通過するクォーク・グルーオン・プラズマ流体の流れのパターンによって異なるということがわかりました(下図)。基本的には、クォーク・グルーオン・プラズマを通過する場合、ジェットの中心部からの角度が大きくなるにつれて、ジェット方向の運動量分布の変化率は大きくなっていきます。しかしながら、ジェットがクォーク・グルーオン・プラズマ流体中のその進行方向と同じ向きの流れがある部分を通過していく場合は、変化率はジェットからみて大角度の領域で減少に転じます(下図左)。それに対し、ジェットがその進行方向と逆の向きの流れがある部分を通過していく場合は、角度がπ/2ラジアン(=90度)までの範囲では、変化率はそのまま短調増加しています(下図右)。これは、衝撃波を、ジェット周りの運動量分布変化率として捉えることで、クォーク・グルーオン・プラズマ流体のジェットが通過した部分の流れのパターンが識別できることを示しています。また、さらに大角度領域では衝撃波の形成の機構が異なるモデル1とモデル2の結果の間に有意な差も見られます。これは、同様にジェット周りの運動量分布変化率から、ジェットが引き起こす衝撃波形成の機構の詳細についての情報も抽出できる可能性を示唆しています。

シミュレーション結果の折れ線グラフ。横軸にラジアン単位でジェット中心からの角度を取り、縦軸にはジェット方向の運動量分布の変化率をプロットしている。

クォーク・グルーオン・プラズマを通過することによる、ジェット周辺の運動量の角度分布変化率のシミュレーション結果。左はジェットがクォーク・グルーオン・プラズマ中の流れがその進行方向と同じ向きの部分を通過した時、右は流れが進行方向と逆向きの部分を通過した時の結果。主に衝撃波が運動量を運んでいる大角度においてこれら2つの状況で大きな違いが見える今後への期待

将来的に期待されるジェットとその周辺の幅広い領域における運動量分布の精密な測定と、本研究で開発した理論計算結果とを比較することで、実際に高エネルギー原子核実験で生成されるクォーク・グルーオン・プラズマ流体内部の流れの分布やパターンを調べることができます。このような解析により、粘性などの強い相互作用の特徴を強く反映するような、クォーク・グルーオン・プラズマの流体としての性質を、ジェットによる衝撃波という新しいツールを用いて探ることができるようになります。

また、ジェットが衝撃波を発生させる過程に対する依存性も調べることで、バラバラのクォークやグルーオンがどのように流動性を獲得していくのかといったクォーク・グルーオン・プラズマの生成機構の理解にもつながります。

用語解説

用語説明

[1] 4つの基本的な力

基本的相互作用とも呼ばれ、自然界に働く力には重力相互作用、電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用の4種類がある。それぞれ、強さ、伝わることのできる距離、そして力を伝える粒子の種類が違う。強い相互作用はこの中で強さが最も強く(電磁相互作用の約100倍、重力相互作用の約1040 倍)、伝わる距離が最も短い相互作用(10-15 メートル。電磁相互作用と重力相互作用が伝わる距離は無限)。

[2] ビッグバン

138億年前に宇宙を作り出した大爆発。ビッグバンによって宇宙は超高温・超高圧の状態から急膨張を始めていった。膨張によって宇宙は冷え、素粒子が結合していき、その後、長い時間をかけて星や銀河を形成して現在の宇宙ができあがったと考えられている。

[3] 核子

陽子と中性子の総称。核子はクォークとグルーオンが強い相互作用によって結合することで形成され、また核子同士の結合によって原子の中心部にある原子核を構成している。

[4] 中間子

核子と同様にクォークとグルーオンが強い相互作用によって結合することで形成される複合粒子。高エネルギー原子核衝突実験で生成されるジェットやクォーク・グルーオン・プラズマを構成するクォークとグルーオンは、瞬く間(約10-21秒)に結合していき、中間子や核子となる。したがって、実際に実験の検出器で検出されているのはクォークとグルーオンではなく、そこから生成された中間子や核子だが、それらの粒子の運動量分布などを詳しく解析することによって、クォーク・グルーオン・プラズマであった時の情報が得られる。

原論文情報

Yasuki Tachibana, Chun Shen, and Abhijit Majumder, “Bulk medium evolution has considerable effects on jet observables,” Physical Review C, 10.1103/PhysRevC.106.L021902

発表者

国際教養大学

国際教養学部 グローバル・コネクティビティ領域
助教 橘 保貴(たちばな やすき)

ウェイン州立大学(アメリカ合衆国)

助教 Chun Shen
教授 Abhijit Majumder