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Faculty Voice Series Episode 1. 熊谷嘉隆 副学長

学生のみなさんが教室で見る教員の姿、そして、本学を目指す受験生が、パンフレットや著書から知る教員の姿は、ほんの一面でしかないのかもしれません。
そこで、Faculty Voice Seriesをスタートし、本学の教員の真の姿に迫るエッセイをリレー形式でお届けすることにしました。
専門分野や研究内容だけでなく、趣味、人生観、若き日の想い出など、様々な角度から語られるそれぞれの教員の人柄に、ぜひ触れてみてください。

Episode 1.は、副学長の熊谷嘉隆(くまがい よしたか)教授です。

Click here for the English version of the message from Dr. KUMAGAI.

2019年8月1日に副学長として就任した熊谷嘉隆教授は、米国の大学で博士号を取得したのち、2004年の開学当初から本学で教鞭を執ってきました。自然保護地域政策論や環境政策論を専門とし、国際自然保護連合・世界保護地域委員会副委員長、同日本委員会委員長等の要職を務めてきたほか、秋田県内においても数多くの審議会の委員に就任しています。

今回はそんな熊谷副学長に、「挫折と克服の経験」というテーマでメッセージを寄せてもらいました。

熊谷副学長の写真

Climb Ev’ry Mountain

挫折

東京の某私立大学3年生の初夏、勉強すること、大学生活を続けることの意義を見失い、暑い東京を離れ、長野県・中央アルプスの山小屋で働き始めました。当初は夏休みだけのつもりでしたが、雄大な山々に囲まれた自然環境にすっかり魅了され、結局11月まで働きました。

その後、1人で九州、沖縄・八重山諸島へ放浪の旅に出かけ、大学も中退しました。山歩きと山での生活に味をしめた私は、翌年から長野県の中部山岳国立公園(通称北アルプス)の山小屋に就職しました。登山客への食事の提供、水の確保、部屋の掃除、登山道の整備、遭難救助などの仕事が終わった後は、山小屋のランプの下で読書に没頭し、山での生活を堪能する一方で、目標を完全に失い、大学を中退したこともあり、将来に対して痛切な不安を感じていました。

自分は何をしているんだろう?これからどうなるんだろう?

敗北感・挫折感に苛まれる日々。そして、両親の期待を裏切ったことに対する申し訳なさや、同年代の友人が社会で堅実に歩んでいる姿を遠目で見ては、深刻な焦りに駆られました。

ヒマラヤ山脈を背景にした学生時代の熊谷副学長の写真

転機

北アルプスの山小屋で2年間働いた後、山仲間とネパールとインドに行きました。私にとってはじめての海外です。4カ月に及ぶ長旅で二つの出来事がありました。

一つはヒマラヤ山中で眺めた星空です。無数の星と流星が賑やかに飛び交う凄まじいまでの光景に圧倒され、その場に茫然と立ち尽くすと同時に、自分の存在と味わっている挫折感の小ささに愕然としました。何かが私の中で壊れ、そして再び歩み出そうとの意思が湧きでてきました。

二つ目はヒンズー教の聖地、ガンジス川沿いの町、ヴァラナシでの遺体焼却場での体験です。ガンジス川の河岸に薪を積んだだけの遺体焼却広場があり、そこに白布に包まれた遺体が次から次へと運ばれてきては焼却されます。遺体焼却の後、係の人が遺灰をヒンズー教徒にとって聖なるガンジス川に撒きます。それは、生は必ず死を迎え、そして循環するとの死生観の反映だそうですが、その光景は衝撃的で、しかも「自分もいつかは死ぬ」という冷厳な事実を私に突きつけました。

これら二つの体験を通して、宇宙における小さな一人の人間の存在意義と、いつか死ぬのであれば問うべきは「何に己の人生をかけるべきか?そのためにどう生きるのか?」であろうと内省しました。そして、たどりついた答えが、「人間社会を基底部で支える自然の持続的管理運営と保全について勉強し、少しでも世の中の役に立ちたい」ということでした。これは3年間に及ぶ山小屋での生活とヒマラヤ登山を通して、自分の中で芽生えていた問題意識と自己内省、そして中途半端で終わってしまった勉強をやり直したいとの思いから出てきたものです。

山を背にした熊谷教授の2枚の写真

左:ヒマラヤのマチャプチャレを背に 右:穂高連峰を背景に

目標が明確に定まってからも、大学選び(この分野は当時、米国が最も進んでいた)、英語の勉強(全て独学)、留学資金の捻出など、問題はいくつもありましたが、ぶれることなくひたすら走り続けました。20代の終わりに前述テーマで勉強をすべく米国のモンタナ大学森林学部で学び、その後、オレゴン州立大学森林学部で博士号を取得し、ワシントン州立大学での研究を経て、2004年に本学の教員になりました。

ちなみに山小屋での勤務時代に見たことや感じたことが、その後の研究テーマに密接に結びついており、挫折中の2年間も決して無駄ではなかったと思っています。(結果論!)

今、振り返ってみると本当に長い寄り道をし、葛藤を繰り返す青春時代を送っていたと思います。もし、ネパールとインドへの長期旅行の中で、あの二つの体験がなかったら一体どんな人生を送っていたのか想像もつきません。ただ一つ言える事は、どのような状況になっても諦めるのではなく、前に進もうと読書に明け暮れ、もがき続けたことがその後の行動・判断の基底部を支えていたのだと思います。

皆さんもこれから不安感に苛まれることや挫折感を味あうことがあるかと思いますが、決して自分に見切りをつけないで前を向いて進んでいってほしいと思います。また、国際社会で、そして母国で将来、自分は何をすべきか?との俯瞰的視点、そしてそのために今、何をすべきかを自ら問うことによって、皆さんの無限の可能性を引き出すことができるのではないかと思います。

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