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AIU TOPICS

2020.09.28AIU People

Faculty Voice Series Episode 6. 水野 智仁 教授

学生のみなさんが教室で見る教員の姿、そして、本学を目指す受験生が、パンフレットや著書から知る教員の姿は、ほんの一面でしかないのかもしれません。
そこで、Faculty Voice Seriesをスタートし、本学の教員の真の姿に迫るエッセイをリレー形式でお届けすることにしました。専門分野や研究内容だけでなく、趣味、人生観、若き日の想い出など、様々な角度から語られるそれぞれの教員の人柄に、ぜひ触れてみてください。

Episode 6.は、水野 智仁(みずの のりひと)教授です。

Click here for the English version of the message.

水野教授は、米国において博士号を取得するとともに複数の大学で教鞭を執ってきました。2007年4月に本学に着任し、2016年からはグローバル・スタディズ課程の課程長を務めています。東アジア研究、特に近世・近代における日本と東アジア諸国・地域との関係史を専門とし、近年は19世紀末から第二次世界大戦終結までの東アジア各地における邦人コミュニティ及び邦人子女教育機関に関する研究に取り組んでいます。

今回のテーマは「私の知られざる趣味」です。

水野教授の写真

私の「密かな嗜み」

「知られざる」というほど覆隠しているわけでなければ、「嗜み(ないしは趣)」と呼ぶべきか否か我ながら定かでもなく、またそう呼ぶにふさわしいものなら他にもないわけでもないが、実は、物心つくかつかぬかのうちから時代劇の「大」のファンなのである。病膏肓に入るというほどではないが、「フリーク」と呼ばれてもあえてそれに抗うつもりもない。

いささか大袈裟な言い方をすれば、子供の頃から時代劇を欠かさぬ日はない。出張などで家を空ける時などを除いて、週日であれば夕食後の少なくとも一時間はそれに費やす。週末ともなれば撮りだめしたものをみるのに忙しいこともある。今現在も昭和末年に放映された『水戸黄門』第17部と第18部のうちの10話ほどを見終えていない。大学進学で上京すると、いわゆる「歌舞伎沼」にはまり込んでしまい、毎月の歌舞伎座通いは卒業まで続くことになる。今は木挽町までがあまりに遠く、それがここ秋田での生活の唯一にして最大の不満ではある。

刀を抱え五月人形の前に座っている幼い頃の水野教授

節句飾りと人形に囲まれて

自身を斎藤茂吉の生まれ変わりではないかしらと思うほどの無類の鰻好きでも英国の煮凝(ゼリー寄せ)だけは手に負えないように、時代劇も何でも御座れというわけではない。歌舞伎は、時代物から世話物、古典から新作、舞踊に至るまで好悪の別はないが、「スーパー歌舞伎」を唯一の例外とする。テレビ時代劇と映画に関しては、若い時分は派手なチャンバラや戦国合戦ものを好んだが、寄る年波とともに「水戸黄門」のような戯画的な勧善懲悪劇よりかは、周五郎や池波、藤沢等の人情時代劇系がより馴染むようになった。股旅物と忍法物には昔からあまり食指が動かない。新選組に至っては、納豆、煙草同様に生理的に受け付けない。制作年代も好みを分かつところで、昭和30年代の「黄金時代」の時代劇映画には娯楽性に富み見ごたえがあるものが多い。役者の顔ぶれもさることながら、装置の規模や壮大さや演出の派手さは最近の作品の到底及ぶところではなく、何につけても作品の醸し出す雰囲気というものが違う。私が歌舞伎の「沼」にはまったのもその雰囲気というやつなのだが、バブル期以降の作品は、「鬼平犯科帳」や(大河ドラマ以外の)NHK時代劇などの一部を除けば、その点で「残念」が目立つ。

赤い鞘の刀を腰に差し武士になりきっている幼少期の水野教授

絣の着物にお気に入りの赤鞘の模造刀を手にして

では、私が時代劇の「沼」にはまり込んだ原因であるが、はまり込んだというよりはむしろ「生まれ落ちた」といった方が適当なのかもしれない、と思う。というのも、振り返れば幼稚園に上がる前から同年頃の子供たちが好むようなものにはさして見向きもせず、玩具といえばプラスチック製やアルミ製あるいは木製の日本刀で、母や祖母に着物を着せてもらい刀を差せば機嫌が良かった。毎年端午の節句と10月に故郷名古屋で開催される郷土英傑行列が待ち遠しくて仕方がなく、聞くところでは、思いがけず道端で傘を毛槍に見立てて「下に~下に~」と奴のマネをやらかしたこともあったという。そんな子供が時代劇にのめり込むのはある意味自然の成り行きだったと言えまいか。幼稚園でより多くの同年代の子供たちと接するようになると、たしかに「今時」なものにも興味を示すようになり幾分の精神的苦痛と葛藤を伴いはしたものの、二本差しやらお殿様の類などもはやこの世には存在しないのだという現実についても、受け入れることもできた。しかしながら、三つ子の魂という。モダンなものや新規なものに対する幾分の反撥心をも含んだ心地の悪さについては、ついぞそれが心のうちから消え去ることはなく、知命を過ぎて今日に至る。

袴姿で立つ幼少期の水野教授

七五三用の黒紋付きを着て実家の裏庭にて

今こうして歴史をいじることを生業とするようになったのも、幼児期からの時代劇好きと関係がないはずもなく、時代劇は今後も私の生活において不可分であり続けるに違いあるまいが、今や映画・テレビの別なく時代劇は危機に瀕している。歌舞伎にしても、ひところより歌舞伎座の入りが良くないと聞く。そしてそこにコロナ禍の追い打ちである。歌舞伎に限らず舞台演劇の「Withコロナ」でのありようを見通すことはなかなか容易ではあるまい。しかしながら。問題には必ず原因があり、またそこには解決策もあるはずである。時代劇の衰微する原因とその打開策について語るべきは少なくないが、それはまたの機会に譲りたい。

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