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【座談会企画】コロナ禍で真価が問われた「教育力」

2020年1月以降、世界規模で感染が拡大した新型コロナウイルス感染症は、いまだに日本のみならず世界中の人々の生活に大きな影響を及ぼしています。本学では2020年度にほぼ全ての授業をオンラインに切り替えたほか、2021年度も引き続きキャンパスへの学生の入構制限を設けるなどしており、学生たちの学びは大きな変化を余儀なくされています。

学生たちが今の状況をどう捉え、何を感じているかを知ろうと、熊谷 嘉隆 副学長の呼びかけで、学生たちとの座談会が実現しました。「コロナ禍で真価が問われた『教育力』 – 混沌とした時代のリーダーを育てるAILA」と題したこの座談会には、熊谷 涼さん(岩手県出身・2016年入学)と冨田 莉子さん(千葉県出身・2020年入学)の2人が参加しました。新型コロナウイルス感染症が与えた大学での学びへの影響を入り口に、いまの時代に必要とされている「グローバルリーダー」としての資質や、2021年度から始まった新カリキュラム、そして本学が新たに掲げた応用国際教養教育(Applied International Liberal Arts: AILA)が目指すものについて語ります。

オールAIUで臨んだオンライン授業

熊谷 嘉隆 副学長:今日はコロナ禍における国際教養大学(AIU)の対応や、2人が感じたこと、アフターコロナのAIUでの学びについての考えを聞きたいと思います。
AIUでは2020年2月に留学中の学生に緊急帰国の指示を出しました。3月中旬には新年度の授業のオンライン化を決定し、学生へキャンパスからの退去をお願いしました。その時の決定をどのように受け止めましたか。

熊谷 涼:まず感じたのはAIUの対応の早さです。僕は2020年1月からデンマークに留学していましたが、帰国準備中の3月にはロックダウンが始まりました。スーパーも閉まり、日常生活にも影響が出はじめ、これから期末テストという時に大学も閉鎖になりました。現地の大学からは具体的な連絡もなく、日々流れてくる不確かな情報に右往左往する不安な状況の中で、AIUから帰国の指示と春学期から全面オンラインで授業すると連絡があったので、その後の動き方が明確になりました

メールのスクリーンショット

2020年度春学期の授業がオンラインとなることを学生向けに知らせるメール

(副)我々にとっても全面オンライン開講は初の試みだっただけに、そう言ってもらえて少し安心しました。冨田さん、新入生として希望に溢れたキャンパスライフを夢見ていた矢先の決定だったと思うけれど、どう感じましたか。

冨田 莉子:AIUに進学を決めた理由として、24時間開館の図書館や、寮生活といった環境に期待していたところもあったので、オンライン授業になると聞いた時は、学修へのモチベーションを保っていけるか不安でした。EAP※1は、少人数で先生やクラスメイトと密なコミュニケーションをとりながら進んでいく授業なので、オンラインで対面と同じような質の授業が提供されるのかという点も不安でした。

(副)その後、どうやってその環境を乗り越えていきましたか。

(冨)周りとコミュニケーションを積極的に取ることで少しずつ克服できたように思います。入学前から新入生同士のLINEグループでお互い不安に思っていることや、わからないことを質問し合っていました。直接会うことはできなくても、顔を見て好きな時に話せる場があり、次第にそこで友だちもできて、気持ちがだいぶ楽になったと思います。
他にも、オンライン上で留学生の日本語学習サポートのボランティアをしたり、AAC※2を利用したりしてチューターの先輩や留学生と繋がる機会もありました。AIUはコミュニティが小さいからか、人と接する機会は意外と多かったです。

(副)オンライン授業はどうでしたか。

(冨)オンライン環境に慣れるのに少し時間がかかりました。自分から話さないといけないのにタイミングがつかめないとか、最初は英語が聞き取れないところもあって、少し落ち込むこともありました。ですが次第に慣れてくると、EAPのプレゼンテーションの際に、みんなでZoomの仮想背景を揃えたり、オンラインのゲームを取り入れてみたりして、オンラインだからできることを楽しめるようになりました。最初は授業についていけるか不安でしたが、質の高いオンライン授業のおかげで、秋田でのキャンパスライフとのギャップはそこまで大きくなかったように思います。

ドーティ教授が画面内の学生たちに語りかける姿

パトリック・ドーティ教授による修辞学のオンライン授業

(副)そう言ってもらえると嬉しいです。オンラインならではの工夫や楽しみ方もあるわけですね。熊谷君は、デンマークでもオンライン授業の経験はあると思うけれど、AIUの授業はどうでしたか。

(熊)対面での授業とほとんど差異は感じませんでした。そのくらい授業としてのクオリティは高かったと思います。デンマークの大学でのオンライン授業は、オンデマンドの講義を学生が個々に見て、レスポンスを返して終わるものが多いのですが、AIUは基本的に双方向授業で、他の学生とのグループワークの時間もありました。普段キャンパスで受けている授業との違いはなかったと思います。

※1 EAP:AIU生が入学後、最初に受講する必修のEnglish for Academic Purposes(英語集中プログラム)の略。大学で必要な学術英語の運用能力を集中的に習得します。
※2 AAC:チューターの学生が他の学生の個別学修支援を行うピア・サポートと呼ばれる仕組みなどを持つ学修施設Academic Achievement Center(学修達成センター)の略。

コロナ禍で発見した自分

(副)新型コロナウイルスの影響が長引く中、様々な経験をしたと思います。この期間に何か新たな発見はありましたか。

オンライン座談会で話している熊谷涼さんがモニターに映っている写真

(熊)「世の中の当たり前」はいつでも作ることができるという可能性を感じました。教育現場でも対面ありきだったものが、ICTが導入されてオンラインがベースとなりつつありますよね。同時に、社会の新しいスタンダードを設計する時は、使う人のミクロの視点と、社会的なマクロの視点と、長期的な時間軸の3つを意識した上で、メリットとデメリットに目を配りながら取捨選択していかないといけないとも思いました。
自分自身に対する発見もありました。僕は岩手県出身で、東日本大震災の被災者でもあります。高校も辞めて、あの時はただ社会や周りに流されていくしかなかった。個人では処理しきれないという点では今回のパンデミックも似ています。でも今は、じゃあ僕はどうするべきかと考え、次のステップを着実に踏めていると感じます。改めて自分は将来どういうふうに生きたいのか、自分の価値観を問い直すいい機会にもなりましたし、変化に前向きになったと思います。あとは僕、意外と寂しがり屋なんだなぁっていう発見もありました(笑)。AIUのキャンパスではいつも周りに仲間がいて、自分の時間を作る方が大変だったのに、いざ会えなくなると寂しい。

(副)全然意外じゃないですよ(笑)。でも物事をポジティブに捉えられるようになりましたね。入学当初の熊谷君に比べると随分と頼もしくなった。成長のきっかけとか、何かターニングポイントはありましたか。

(熊)基本はそんなに変わってないです!ターニングポイントというよりは、AIUでの日々の積み重ねかなと思います。入学した頃は、宿題も多いし、英語で話すのもひと苦労で…それに僕は高校を卒業していないので、自分は人と違って何ができるのかとか、自分は何の意味があるんだろうみたいなことをずっと自問していました。高校を辞めたことを僕はコンプレックスとして抱えていたんですけど、でも周りのみんなはそれを僕の特徴として肯定的に捉えてくれた。「違いを認め合って受け入れ合う」というAIUの文化や環境は大きかったです。そういう自分を認めてくれる友人と出会えたことで、今の自分でよかったんだと思えるようになって、友人や先生方には感謝しています。

(副)他の学生とは違う苦労もあったようだね。
冨田さんはどうかな。この1年で自分なりに工夫したことや発見したことはありますか。

(冨)授業以外でもオンラインで情報を収集できる機会が増えたので、食品ロスの講座に参加したり、ビジネスコンテストに参加したりしました。自分の興味のあることや、やりたいことを今までよりも積極的に見つけるようになりましたし、それをもとに自分で計画を立てて行動するようになったと思います。今までは、やるべきことが決まっていた環境で、用意された授業を受けていればよかったのですが、行動も制限される中で、自分に必要なものは自分で見つけていく姿勢を身に付けることができたと思います。

(副)2人はこういう状況でも前を見据えてしっかり歩んでくれていますね。本来は大学のキャンパス内で学び取ることを、オンラインという空間の中でもそれぞれしっかり身に付けてくれていることは驚くと同時に本当に素晴らしいと思います。

コロナ禍の全体像を捉えるには?

(副)新型コロナウイルスが世界に与えた影響について少し考えてみましょう。ミクロの世界のウイルスがあっという間に国や地域を超えて世界中に広がりました。具体的にどういったところに影響や変化があったと思いますか。

オンライン会議システムを使った座談会で談笑する3人の写真

(熊)まず、政治に求められるリーダーシップの役割が問われたと思います。コロナ禍以前は、経済をどう発展させるかが議論の中心でしたが、こういう未曽有の事態に、国としてのビジョンを明確に打ち出して、いかに迅速に対応するかという本来のリーダーシップが求められたし、世間の期待も変化したと思います。

(副)平時と非常時のリーダーシップの違いですね。非常時のリーダーシップに求められるのは危機対応能力。マニュアルがない中、情報を集め責任感を持って決断できるかが問われました。他にはありますか。

(熊)僕自身が一番影響を受けた分野でもあるのが教育です。オンライン化やICTの導入が進んだだけでなく、そもそも学校という施設に行く必要があるのかも問い直すきっかけになりました。

(冨)「人との関わり方」もコロナ禍で変わったと思います。人と直接会って深い人間関係を築く機会は少なくなる一方で、今まで当たり前に過ごしていた自分の家族などの小さいコミュニティの重要性に気付くことができました
そして、自分と社会の関わりに気付く機会が増えました。医療現場や飲食店業界など、この混乱の中で闘っている人たちがよく話題になります。自分の行動がこういったところにも影響を与えるかもしれないと考えるようになり、責任のようなものすら感じます。

(熊)グローバル化の在り方も今後見直されるでしょうね。世界が近くなることで恩恵を受けてきた面もあるけれど、結果的に感染症もすさまじい速さで広がりました。

(冨)グローバル化と言えば、観光も大きく影響を受けた分野です。今まで頼りにしていたインバウンド需要が失われた代わりに、国内や地域の中でマイクロツーリズムなどの新しい取り組みが求められるようになりました。その結果、身近な地域への見方も変わりつつあると思いますし、コミュニティ内の繋がりが深まると同時にそこで求められる役割も変わってくると思います。

新時代のリーダーに必要な「俯瞰する力」

(副)政治、教育、地域社会や人との関わり、グローバル化、観光産業、色々と挙げてくれましたね。注目してほしいのは目に見えないウイルスが、これだけ多くの問題を見事に顕在化させたということ。そして、実は何から何までお互いに接続しているということです。
この世界的な感染症の流行がもたらしたものの全体像は、ある部分だけを取り上げてもなかなか捉えられない。象を見たことない人に、象の鼻や尻尾だけを見せても、象そのものを理解したことにはならない。象の鼻だけを見て「これが象だ」と理解してしまうことはいかに危険か想像できますね。リーダーシップの話も出ましたが、真のグローバルリーダーには、俯瞰的な視点で全体像を捉えて決断し、行動する力が求められます。熊谷君、なぜAIUではリベラルアーツ教育を重視しているのだろう。

(熊)AIU生がリベラルアーツを学んでいる意味は、幅広い知識を身に付けながら、物事を様々な角度から見て、課題の本質やそれに対する解決策を考えるところにあると思っています。

(副)そうですね。リベラルアーツの本質は、個々の事象を踏まえてBig Picture(全体像)を洞察し、それをもとに考え、然るべきDecisionMaking(意思決定)ができる人材を育てることにあると思います。AIUは今年度から新たに応用国際教養教育(AILA)という教育手法を導入します。端的に言えば、このBig Pictureを捉えて決断し、行動する力を付けるため、知識面と精神面の鍛錬の場を提供する仕組みだと理解してもらえばいいと思います。同じく今年度から学際的・体系的に整理された新しいカリキュラムのもとで、ある課題や現象を様々な領域の知識を接続・統合して分析し、更に自分の倫理観や世界観をもとにあるべき解を求めていくという力を付けることをAILAは目指しています。
冨田さんは、いろんな物事が実は繋がっていたと気付いた経験はありますか。

オンライン座談会で話している冨田さんがモニターに映っている写真

(冨)食品ロスの問題を考えている時に気付きました。以前は、出荷される段階で出る規格外作物の廃棄ばかり問題視していましたが、サーキュラーエコノミー※3という仕組みを知り、1つの問題を解決するためには、食品業界や地域の取り組み、それらすべてをリンクして考えないといけないと気付きました。何かを1つ修正するとそこから連鎖して新たに発生する問題もあります。全体を俯瞰して取り組むべき問題だと考えるようになりました。

(副)そうですね。ある点だけを追いかけていても見えないことは沢山あります。しかし、一見関係のない点に目を向けてみれば、実は2つの点は密接に関連していることがある。異なる2つの点が社会の中で互いにどのように作用しているかを検証した上で全体像を見る。そして悩んで自分なりの解を出す。AILAを通してそういう訓練を実体験とともに重ねていくことで、この思考や行動プロセスを自然と体得してほしいと思います。

※3 サーキュラーエコノミー(循環型経済):従来のリニア(直線)型経済システムのなかで活用されることなく「廃棄」されていた製品や原材料などを新たな「資源」と捉え、廃棄物を出すことなく資源を循環させる経済の仕組み。

私たちがつくる「ニューノーマル」

(副)最後に、2人の今後の目標を語ってもらえますか。

画面越しの学生たちに呼びかける熊谷副学長の写真

(熊)僕は今、教育のニューノーマルをつくるというビジョンを掲げて、事業の構想を練っているところです。実際に点と点をつなげる作業を通じて、地域の学校と協力しながら、どれだけBig Pictureを描けるかが試されてくると思います。まさに試行錯誤中ですが、AIUで学んだことを生かして、新しい教育の形を作っていくという大きい夢を持っています!

(副)応援していますよ。冨田さんはどうですか。

(冨)在学中にやりたいことは全部やってみようと思っています。今は農業に興味があるので、ファームステイなど地域の農家の方と連携する機会を持てたらと思います。ボランティア活動もやってみたいですし。他にも秋田県内企業のインターンにも挑戦してみたいですね。個人的には大学にコンポスト※4の仕組みを作ることを提案したいと考えています。大学だけではなく、地域のコミュニティと関わる機会を増やして、秋田の魅力をたくさん見つけていきたいです。

(副)コンポストの取り組みは、サステナビリティについて考えるよい学びの機会にもなりますね。大学近くの菜園で有機農業をやって、学生手作りの野菜をカフェに提供するなど循環する仕組みが作れたら素敵だと思います。

(熊)冨田農園、面白いと思います!

(冨)実現まで結び付けることを目標に頑張ります!

(副)本学での学びが人生の土台となり、そして将来、自らの力で未来を切り拓く力となることを心から願っています。今日は2人ともありがとう。

(熊)・(冨)ありがとうございました。

※4 コンポスト:枯れ葉や生ごみなどの有機物を、微生物の力で分解・発酵させてできた堆肥。肥料。
※この原稿は大学案内パンフレットに掲載した企画記事をウェブサイト用に再編集したものです。